かつての私の部屋は、床が完全に見えず、積み上がった雑誌や衣類、そして放置されたゴミが山をなしている状態でした。いわゆる汚部屋を通り越してゴミ屋敷に近い惨状で、友人を招くことなど到底できず、帰宅するたびに自己嫌悪に陥る毎日を過ごしていました。そんな私が汚部屋脱出を決意したのは、大切な探し物が見つからず、仕事に大きな支障をきたしたことがきっかけでした。脱出への道のりは決して平坦ではありませんでしたが、今振り返るといくつかのターニングポイントがありました。最初に取り組んだのは、自分一人で抱え込まずに、本当に信頼できる友人に現状を打ち明け、助けを求めたことです。一人で孤独に作業をしていると、終わりが見えない絶望感に襲われがちですが、誰かが見守ってくれているという感覚は大きな支えになりました。作業の初日は、とにかく不用品を外に運び出すことに専念しました。何年も使っていない電化製品や、いつか着るだろうと思って放置していた服、そして大量の空き缶。これらを一つずつ処分していく過程で、自分の執着心がどれほど部屋を圧迫していたのかを痛感しました。汚部屋脱出の過程で最も苦労したのは、物の取捨選択です。捨てるのがもったいないという罪悪感に襲われるたびに、今の自分にとって本当に必要なものは何かと自問自答しました。結果として、残ったのはごくわずかな愛着のある品々だけでしたが、それこそが私の人生を豊かにしてくれるものだと気づくことができました。部屋が徐々に片付いていくにつれて、部屋の空気が軽くなっていくような感覚を覚えました。それまでは淀んでいた空気が、窓を開けて換気をするだけで清々しく感じられ、自分の呼吸までもが深くなっていくのがわかりました。汚部屋脱出を完遂した日、何もない床に寝転がった時の解放感は今でも忘れられません。以前の私は、散らかった部屋に象徴されるように、自分の人生をコントロールできていない感覚がありましたが、掃除を通じて自分を取り戻すことができたのです。今の私の部屋は、必要最小限の物だけが整然と並んでいます。毎日短時間の掃除を欠かさないことで、リバウンドを防いでいます。汚部屋脱出は、ただ部屋を綺麗にするだけでなく、自分自身を愛するための儀式だったのだと、今になって強く実感しています。
ゴミ屋敷から抜け出した私の実体験記録